アルミニウム A3003:成分、特性、硬さガイドおよび用途
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総合概要
A3003は3xxx系のアルミニウム-マンガン合金であり、マンガンが主な合金元素として固溶強化と加工硬化性の向上をもたらします。熱処理による強化をせず、冷間加工による強化が主となる非熱処理合金に分類されます。
A3003の主な特徴は、適度な強度、非常に良好な成形性、多くの大気環境での許容できる耐食性、そして標準的なアルミ加工での良好な溶接性です。主な用途は建築・建設分野(雨樋、屋根材、外装材)、HVACや熱交換装置、キッチン用品や調理器具、低コストかつ高延性を必要とする一般的な板金加工などです。
エンジニアは、成形性と耐食性のバランスを求め、かつ多くの合金化または熱処理アルミより低コストである場合にA3003を選択することが多いです。延性、冷間加工後の安定した機械的挙動、およびシート・コイルでの幅広い入手性の組み合わせから、軟らかい1xxx系合金よりも強度が必要で成形性を犠牲にしたくない場合に好まれます。
材質状態(テンパー)別特性
| テンパー | 強度レベル | 伸び | 成形性 | 溶接性 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| O | 低 | 高い(30–45%) | 優秀 | 優秀 | 完全に軟化された状態;深絞りに最適 |
| H12 | 低-中 | 中-高(20–30%) | 非常に良好 | 優秀 | わずかな加工硬化を伴い、良好な成形性を保持 |
| H14 | 中 | 中程度(12–20%) | 良好 | 優秀 | 中程度の強度を持つ商用典型的テンパー |
| H16 | 中-高 | やや低い(8–15%) | 普通-良好 | 優秀 | 冷間加工による強度向上 |
| H18 | 高 | 低い(3–8%) | 普通-不良 | 優秀 | 完全硬化;剛性と強度を優先する用途向け |
| H22 | 低-中(安定化) | 中-高(20–30%) | 非常に良好 | 優秀 | 加工硬化後の部分軟化(安定化処理) |
3xxx系のテンパーは溶体化処理や時効ではなく、適切な冷間加工量と時折の安定化焼鈍により得られます。テンパーの番号が増えるごとに、ずれの密度が上昇して引張および降伏強さが向上しますが、加工硬化により延性および成形性は低下します。
加工用途では、深絞りや大きな塑性変形を要する作業にはOや低いHテンパーが選ばれ、成形後の剛性や寸法安定性を重視する部品にはH14~H18のテンパーが選択されます。
化学成分
| 元素 | 含有範囲(%) | 備考 |
|---|---|---|
| Si | 0.0–0.6 | 脱酸素剤; 延性保持のため低含有 |
| Fe | 0.0–0.7 | 不純物; 強度と表面仕上げに影響 |
| Mn | 0.8–1.5 | 主要合金元素; 固溶強化を付与 |
| Mg | 0.0–0.2 | 微量; 少量で強度がわずかに向上 |
| Cu | 0.0–0.2 | 通常低含有; 過剰だと耐食性を低下させる |
| Zn | 0.0–0.1 | 微量; ガルバニック腐食感受性を避けるため低含有 |
| Cr | 0.0–0.1 | 微量; 一部鋳造/インゴットで結晶粒制御に使用 |
| Ti | 0.0–0.15 | 鋳造・インゴット生産時の結晶粒細化剤 |
| その他(各) | 0.0–0.05 | その他元素の合計は約0.15%以下、残部はAl |
A3003を特徴付けるのはマンガン含有量で、これにより純アルミより強い固溶体が形成され、冷間加工による大幅な強化が可能になります。微量元素や不純物は表面仕上げ、再結晶挙動、耐食性に影響し、製造者はシート・コイルの仕様範囲内に管理しています。
機械的性質
A3003は冷間加工状態で引張曲線に明確な加工硬化領域を示す延性のある引張挙動を持ちます。軟化状態では非常に低い応力で降伏し、均一伸びが長い一方、Hテンパー品は高い降伏強さと引張強さを持ち、均一伸びは減少します。
硬さはテンパーに比例し、引張性質と相関します。OからH18まで冷間加工によるずれ密度の増加に伴い、ブリネル硬さやビッカース硬さは著しく上昇します。疲労性能は表面仕上げ、冷間加工レベル、欠けや切欠きの存在に大きく依存し、冷間加工品は延性を犠牲にしつつ疲労強度が向上します。
板厚は強度と成形性に影響を与え、薄板は曲げ半径が小さくなり、見かけ上の成形性が高くなりますが、厚板は高い許容曲げ応力を示すものの、均一伸びは減少し、春戻り挙動が顕著になります。
| 特性 | O/軟化品 | 代表的テンパー(H14) | 備考 |
|---|---|---|---|
| 引張強さ(MPa) | 95–125 | 140–180 | 値は板厚・テンパーにより変動;H14が商用典型値 |
| 降伏強さ(MPa) | 30–70 | 90–120 | 冷間加工により降伏点が大幅に上昇 |
| 伸び(%) | 30–45 | 10–20 | テンパー硬化により伸びは減少 |
| 硬さ(HB) | 30–45 | 50–70 | 硬さは引張強さ・加工硬化レベルと相関 |
物理的性質
| 特性 | 値 | 備考 |
|---|---|---|
| 密度 | 2.70–2.73 g/cm³ | 標準的なアルミ密度;合金元素による変動は僅か |
| 融点範囲 | 約640–655 °C | 固相線から液相線の範囲;典型的なAl-Mn合金の融解挙動 |
| 熱伝導率 | 約120–150 W/m・K | 熱交換用途に適した高い熱伝導性 |
| 電気伝導率 | 約30–40 %IACS | Mnなどの固溶元素により純アルミより低い |
| 比熱 | 約0.90 J/g・K(900 J/kg・K) | 周囲温度でのアルミ合金の典型的な値 |
| 熱膨張係数 | 約23–24 ×10⁻⁶ /K(20–100°C) | 他の圧延アルミ合金と類似 |
A3003は低密度や高い熱伝導性などアルミ基材の望ましい物理特性を多く保持しつつ、Mnの添加により電気伝導率はやや犠牲にしています。熱膨張係数や比熱は他の商用合金と同様であり、接合部品設計や熱サイクル用途では考慮が必要です。
製品形態
| 形態 | 代表板厚・サイズ | 強度特性 | 一般的テンパー | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| シート | 0.2–6.0 mm | テンパーによって幅広く変動 | O、H12、H14、H16 | 屋根材、雨樋、調理器具、ダクト材に使用 |
| プレート | 6 mm以上(用途限定) | 強度傾向は類似;厚板は成形性低下 | H14~H18 | 厚く剛性の高いパネルが必要な場合に使用 |
| 押出材 | 大断面まで多様な形状 | 冷間加工や加工硬化で強度増加 | 形成後のH14/H16 | 3003は押出可能だが、構造用押出材には6xxx系が多用される |
| チューブ | 直径10~200mm以上 | 冷間引き抜きチューブは高強度 | H14、H18 | HVACや低圧流体配管用に使用 |
| バー・ロッド | 小径 | 引抜きによる強度変化 | 高強度用はH18 | ファスナー、リベット、小物部品に使用 |
シート・コイルは、A3003の用途が加工パネルや成形部品に重きを置くため主要な商用形態です。3003の押出も可能ですが、多くの構造用押出材は機械的性質が優れる6063や6061が使用されます。それでも成形性と耐食性が優先される場合は3003押出材が選択されます。冷間圧延、テンパー処理、表面仕上げ、焼鈍工程の違いが最終板厚、表面質感、機械的特性のバランスを制御し、用途に適合させています。
同等品番
| 規格 | 品番 | 地域 | 備考 |
|---|---|---|---|
| AA | A3003 | USA | UNS/AA規格での主要指定 |
| EN AW | EN AW-3003 | ヨーロッパ | EN 573に準拠した同等品;化学成分の上限が類似 |
| JIS | A3003 | 日本 | JISでも類似の番号を使用;化学成分および機械的仕様は若干異なる場合あり |
| GB/T | 3A21(一般的な対応品) | 中国 | GB/T 3880ほかの規格で3003と中国品番3A21が対応 |
規格間の同等品は主成分Mn量が近く、同様の焼き戻し記号(O、Hx)を使用しています。最大不純物含有量、焼き戻し時の機械的試験条件の定義、表面仕上げや表面処理の許容範囲に微妙な差異があり、厳格な用途や国境を越えた調達では選択に影響することがあります。
耐食性
A3003はアルミ表面に迅速に形成される保護酸化被膜により、優れた一般大気環境での耐食性を示します。都市部および農村部の環境下で良好な耐候性を持ち、染みや酸化に強いため、雨樋、屋根材、外装建築パネルに広く用いられています。
海洋環境では、A3003は多くの洋上・沿岸用途に適していますが、5xxx系合金のような高マグネシウム含有合金に比べて局所的なピッティングやクレバス腐食には一般的に耐性が劣ります。塩化物を多く含む環境では、保護コーティングや異種金属との絶縁、あるいは海洋向けに最適化された合金の選択が必要です。
非熱処理型で溶質元素の濃度も限定的なため、典型的な応力腐食割れの感受性は低いです。銅やステンレス鋼などより貴な金属とのガルバニックカップリングは局所的な腐食を促進するため、設計段階で接合部の電気的絶縁や適切な塗装、犠牲陽極の指定が必要となります。1xxx系に比べて導電率は若干劣る代わりに機械的強度が向上し、5xxx系に比べて海洋耐食性はやや劣るものの、成形性の向上とコスト面で利点があります。
加工特性
溶接性
A3003はMIG(GMAW)やTIG(GTAW)など一般的な溶接プロセスで良好に溶接可能で、流動性と強度を高めたい場合は4xxx系アルミニウム-シリコン系溶接棒を使用します。薄板への固相結合法やスポット溶接も有効で、小物部品では予熱は通常不要ですが、歪み低減のために用いることもあります。非熱処理合金のため熱影響部(HAZ)の軟化は限定的ですが、局所的な再焼鈍によって延性が回復し、冷間加工部分の強度が低下するため設計に考慮が必要です。
切削性
3003の切削はやや難度があり、延性が高いため切りくずが長く粘着性となりやすいです。正面角度のある超硬工具や断続切削はビルドアップエッジの発生を抑え、表面仕上げを改善します。推奨切削速度と送りは炭素鋼に比べて控えめに設定し、冷却と切りくず処理で加工時の温度上昇を抑え、寸法精度を維持することが重要です。
成形性
A3003は市販品の中でも成形性に優れ、焼きなましまたは軽度の加工硬化状態で深絞り、スピニング、曲げ、ストレッチ成形に適します。最小曲げ半径は焼き戻し状態と板厚に左右され、H14の場合は板厚の1~2倍、O状態であれば0.5~1倍程度の設計が一般的です。厳しい成形が必要な部品はまずOの状態で成形し、その後制御された加工硬化や安定化焼鈍を行い、使用強度を高めます。
熱処理挙動
A3003は析出硬化による熱処理強化が不可能で、溶体化処理や人工時効による強度向上は見られません。工業的には冷間加工(加工硬化)で強度と硬さを上げ、焼き戻しは機械的変形量を調整することで行います。
焼鈍(全焼鈍または部分焼鈍)は強い冷間加工後の延性回復と再結晶を目的に行い、温度は300~415 °Cの範囲で設計上の再結晶や粒成長を制御します。部分焼鈍(H22など)により完全な軟化(O状態)に戻すことなく、一定の回復を狙う場合もあります。
高温特性
高温下では降伏強さや引張強さが徐々に低下し、約150 °Cを超えると強度低下が顕著となり、200 °C以上では軟化が大きくなります。Al2O3の安定被膜により耐酸化性は維持されますが、熱処理型および高強度合金に比べクリープ抵抗は劣るため、長期間の高温構造用荷重には不向きです。
A3003の溶接接合部は長期の高温脆化を起こしにくいですが、溶接熱により局所的に冷間加工部が焼鈍され機械的性質が変化するため、設計余裕や溶接後の機械加工処理による対策が必要です。
用途例
| 業界 | 代表部品 | A3003を選ぶ理由 |
|---|---|---|
| 建築・建設 | 雨樋、屋根材、外装パネル | 優れた成形性、耐食性、コストパフォーマンス |
| 空調・熱交換 | ダクト、フィン | 高い熱伝導率と薄肉成形のしやすさ |
| 消費財・調理器具 | 調理器具、ベーキングトレイ | 優れた熱特性、成形性、衛生的な表面 |
| 輸送機器 | 燃料タンク(非重要部)、内装パネル | 適度な強度と成形性、低コスト |
| 産業機械 | 貯蔵タンク、煙突 | 耐食性と大型パネルの加工性 |
A3003は成形性、溶接性、耐食性のバランスに優れ、構造的に過大な荷重が加わらない板金部品の主力材料です。板材・コイルでの豊富な供給と低コストもあり、多様な業界での採用が進んでいます。
選定ポイント
コスト面を重視しつつ優れた成形性と良好な大気耐食性が必要で、熱処理型合金に比べ中程度の強度を許容できる場合はA3003が適しています。溶接や外観を伴う深絞り・成形板金部品の標準材料として優秀です。
商業純アルミ(1100)と比べると、A3003は強度が高く、導電率はやや低いものの成形性はほぼ同等で構造用板材に向きます。5052など他の加工硬化系合金と比較すると成形性はほぼ同等ですが、強度や海洋耐食性はわずかに劣り、より海洋耐性が必要な場合は5052の選択が推奨されます。6061や6063など熱処理型合金に比べると、最高強度より成形性とコストを優先する場合にA3003を選びます。6061は時効処理で高い構造強度を得られますが、3003はより容易に成形でき安価です。
まとめ
A3003は板金加工および成形部品において、延性・溶接性・耐食性の経済的なバランスを提供するため、現代のエンジニアリング分野で依然として重要な合金です。非熱処理型で冷間加工による強化を利用するため加工が簡便で、多様な焼き戻し条件においても安定した機械的性質を示します。