A36対A572 – 成分、熱処理、特性、および用途

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はじめに

ASTM A36とASTM A572は、建設、製作、重機分野で最も広く指定されている構造用鋼の一つです。エンジニアや購買担当者、製造計画担当者は、コスト、必要な強度、溶接性、加工性などを総合的に考慮して選定を行います。例えば、材料コストの低さと広い入手性を優先するか、より高い降伏強さと優れた重量当たりの強度を優先するかといった判断です。

基本的な違いは、A36が従来の低炭素構造用鋼であるのに対し、A572(多くのプロジェクトではGrade 50として指定されることが多い)は、高強度低合金鋼(HSLA)ファミリーであり、化学組成と微合金元素の制御により高い降伏強さを実現している点にあります。この違いが、強度、靭性、溶接性、加工性のトレードオフを生み出します。

1. 規格と呼称

  • ASTM/ASME:
  • ASTM A36/A36M — 炭素構造用鋼。
  • ASTM A572/A572M — 高強度低合金構造用鋼(グレード42、50、55、60が一般的で、Grade 50がA36と最もよく比較されます)。
  • EN: EN 10025で同等の概念が存在します(例:S235 ≒ A36、S355 ≒ A572 Grade 50)が、厚みや特性に応じた詳細な確認が必要です。
  • JIS/GB: 日本規格や中国規格にも同様の構造用鋼がありますが、化学成分や機械的性質は異なるため、照合が必要です。
  • 分類:
  • A36 — 炭素構造用鋼。
  • A572 — HSLA鋼(高グレードでは微合金元素を含む低合金鋼)。

2. 化学成分と合金設計

以下の表は、最も関連のある元素の代表的な組成範囲を示しています。値は鋼板や構造形鋼で一般的に見られる範囲であり、購買時には実際の鋼板証明書および対象のA572グレードを必ず確認してください。

元素 A36(代表値) A572 Grade 50(代表値)
C ≤ 0.26 wt% ≤ 0.23 wt%
Mn 0.60–1.20 wt% 約0.70–1.35 wt%
Si ≤ 0.40 wt% ≤ 0.40 wt%(管理あり)
P ≤ 0.04 wt% ≤ 0.04 wt%
S ≤ 0.05 wt% ≤ 0.05 wt%
Cr 微量 微量/管理あり(少量含む場合あり)
Ni 微量 微量
Mo 微量 微量(一部グレードで少量添加)
V 通常なし 微合金元素として添加の可能性あり(0~0.15 wt%)
Nb (Cb) 通常なし 微合金元素として添加の可能性あり(0~0.06 wt%)
Ti 通常なし 微合金元素として添加の可能性あり(管理あり)
B 通常使用なし 極微量含まれる場合あり
N 低濃度、残留 低濃度、HSLA処理に合わせて管理

合金元素の影響

  • 炭素およびマンガン:強度を高める一方で、焼き入れ性を上げ、高濃度時には溶接性や靭性を低下させる場合があります。A572は炭素を抑えつつマンガンや微合金元素を増やして降伏強さを向上させています。
  • 微合金元素(V、Nb、Ti):わずかな添加で析出強化を促進し、粒径細化と靭性向上を実現。高炭素化せずに高い降伏強さと良好な延性・溶接性を両立します。
  • Cr、Mo、Niなどは一般的に制限されており、A572は重合金化ではなくHSLAメカニズムで強度を確保しています。

3. 微細組織と熱処理特性

典型的な微細組織

  • A36:圧延または正火状態で、比較的粗粒のフェライト–パーライト組織を示します。強度は主に炭素含有量と加工硬化によります。
  • A572(例:Grade 50):強度と靭性の最適化のための制御圧延・急冷処理により、細かいフェライト–パーライト組織、または微合金元素による微細な析出物を分散させた組織となります。熱間圧延および冷却制御により粒径が細かくなり、炭化物・窒化物・炭窒化物の析出による強化が得られます。

熱処理と熱応答

  • A36:建築用構造材としては通常熱処理されません。靭性向上や残留応力緩和のために正火や応力除去焼鈍が用いられる場合もあります。標準的な炭素量のため、焼入れ焼戻し処理に対する効果は限定的です。
  • A572:通常は圧延または熱間機械制御圧延(TMCP)状態で供給されます。より高グレードは制御圧延と急冷で要求される降伏強度と適切な靭性を得ます。焼入れ焼戻しは標準的な処理ではありませんが、特別な用途には適用されることもあります。

正火/TMCP/焼入焼戻しの影響

  • 正火は両鋼種で粒径を細かくし靭性を向上させますが、A572は特にTMCPや微合金元素析出によって高強度と良好な靭性を炭素増加なしに得ています。
  • 焼入焼戻しは理論上強度を高めますが、これらグレードでは標準的な処理ではなく、溶接性や残留応力に影響を与えます。

4. 機械的性質

下表は設計および調達に用いられる代表的な機械的特性をまとめたものです。実際の値はグレード、厚み、購入仕様に依存します。

特性 A36(代表値) A572 Grade 50(代表値)
最小降伏強さ 36 ksi(約250 MPa) 50 ksi(約345 MPa)
引張強さ 58–80 ksi(約400–550 MPa) 65–85 ksi(約450–585 MPa)
伸び(50–200 mmゲージ長、厚みによる) 約20%(厚さにより最小値変動) 約18%(厚さにより最小値変動)
衝撃靭性 全てでは指定なし。室温で中程度。低温では指定ない限り低下。 チャーピー試験要求付きの場合が多い。指定と処理により一般的により良好なノッチ靭性。
代表的硬さ(圧延材、概算) HSLAより低く、処理により変動 高い降伏強さとTMCPのためA36より高い

総合評価

  • A572 Grade 50はA36に比べて降伏強さが大幅に高い。引張強さは重なる範囲もあるが平均的にA572が高い。
  • 延性・伸びは厚みや処理を管理すればほぼ同等。A572は細かい粒径と析出強化により優れた靭性を持つことがある。
  • 結果として、A572は同じ荷重に対してより軽量化が可能な優れた強度/重量比を提供する。

5. 溶接性

溶接性は炭素含有量、焼き入れ性(Mn、合金元素)、微細組織に依存します。溶接性評価に用いられる代表的な指標は、IIW炭素当量(CE)と国際Pcmです。

代表的な溶接性指標の表示:

$$CE_{IIW} = C + \frac{Mn}{6} + \frac{Cr+Mo+V}{5} + \frac{Ni+Cu}{15}$$

$$P_{cm} = C + \frac{Si}{30} + \frac{Mn+Cu}{20} + \frac{Cr+Mo+V}{10} + \frac{Ni}{40} + \frac{Nb}{50} + \frac{Ti}{30} + \frac{B}{1000}$$

定性的評価(数値代入はなし)

  • A36:炭素とマンガンが比較的低く、一般的な溶接方法と溶接材料で良好な溶接性を示します。厚板や低温環境では予熱とパス間温度管理が通常十分です。
  • A572(HSLA):合金元素や管理されたMnがやや高めで微合金元素も含まれるため、焼き入れ性はやや増加しますが、最新のA572グレードは良好な溶接性を持つよう設計されています。炭素は管理され、微合金元素量も低いため、多くの構造用溶接手順に適用可能です。厚板、高寒冷地、またはより高強度のグレード(例:55、60)では予熱・熱入力制御・適切な溶接棒の選定が必要です。
  • 実務的な指針としては、鋼板証明書の$CE_{IIW}$や$P_{cm}$を評価し、予熱や溶接後熱処理の必要性を判断してください。重要溶接部や厚板の場合は溶接手順認定(PQR)と衝撃試験の実施を検討してください。

6. 耐食性および表面保護

  • A36もA572もステンレス鋼ではなく、いずれも炭素鋼またはHSLA鋼のため、大気暴露環境では腐食防止のための表面保護が必要です。
  • 一般的な防護方法:溶融亜鉛めっき、工場または現場での塗装、エポキシコーティング、メタライズ処理(亜鉛/アルミニウム)、または適切な場合は耐候性鋼の代替品。
  • ステンレス指標の使用:PREN(孔食耐性換算値)はA36やA572には適用されません。これらはステンレス鋼ではないためです。参考までに、ステンレス評価における計算式は以下の通りです。 $$\text{PREN} = \text{Cr} + 3.3 \times \text{Mo} + 16 \times \text{N}$$
  • 実務上の注意点:A572の合金元素は著しい耐食性を付与しないため、腐食環境での選定は微量の合金成分よりも塗装およびメンテナンス戦略に基づいて行うべきです。
  • 7. 加工性、機械加工性、成形性

    • 成形性および曲げ加工:A36は曲げ加工、成形加工に広く使用されており、より延性の高い圧延状態の微細組織が予測可能な挙動を示します。A572(Grade 50)は成形・曲げ可能ですが、高い降伏強さのため曲げ半径の管理が厳密に必要で、ばね戻り許容も大きく見込む必要があります。
    • 切断および機械加工:両者とも標準的な方法(せん断、酸素―燃料、プラズマ、レーザー)で容易に切断可能ですが、A572は工具への負荷がやや高くなる場合があり、切断速度は板厚や熱入力に依存します。
    • 溶接および後加工:A572は冷間曲げや局所加熱時に局所的な硬化を避けるため、熱入力管理が必要な場合がありますが、適切な手順により多くの構造用途ではA36と同様に加工可能です。
    • パンチング、穴あけ加工:A572の高強度により穴あけにはより大きな力や専用工具が必要となり、工具の摩耗もA36に比べて大きくなる傾向があります。

    8. 代表的な用途

    A36 — 代表的な用途 A572(例:Grade 50)— 代表的な用途
    低〜中荷重の建築物や機器向けの一般構造形鋼(アングル、チャンネル、Iビーム) 橋梁、クレーン、大型フレームなど、高い降伏強さにより軽量断面が可能な用途
    コスト重視の基礎プレート、中小規模の板材および部品 軽量化、高許容応力、長スパンを必要とする製作鋼板
    装飾的な構造部材、非重要な溶接組立部位 高強度のボルト接合・溶接接合、設計や規格で高降伏強さが求められる建設用途
    既存の低強度鋼材との合わせ加工や修理・改修 サイクル荷重を受ける重機フレーム、トラックボディ、衝撃に強い構造部材

    選定の考え方 - 材料費の低さ、加工のしやすさ、広い入手性を優先する場合はA36を選択します。 - 構造最適化、断面の軽減、または高い降伏強さと靭性が指定される場合はA572 Grade 50(以上)を選択します。

    9. コストと入手性

    • 相対コスト:A36はよりシンプルな化学成分と大量生産のため、単位トンあたりの価格が通常A572 Grade 50より低くなります。A572は単位重量当たり高価ですが、材料重量の削減により構造全体のコスト削減が見込めます。
    • 入手性:A36は幅広い形状、板厚で普遍的に入手可能です。A572 Grade 50も広く入手可能ですが、特定の板厚やサイズ、ミル証明書の有無は地域や製品形態で異なる場合があります。
    • 製品形態:両鋼種とも板材、熱間圧延構造形鋼、注文形鋼で一般的です。A572は特殊板厚や厳しい公差では納期が長くなることがあります。

    10. まとめと推奨

    まとめ表(定性的評価)

    特性 A36 A572 Grade 50
    溶接性 良好(標準手順で容易に溶接可能) 良好〜非常に良好(厚板では注意が必要。CE/Pcm値の評価推奨)
    強さ–靭性 降伏強度は低めだが靭性は許容範囲内。加工は容易。 降伏強度が高く、適切に処理すれば靭性も向上。強さ対重量比優れる。
    コスト 単価は安価、入手性良好 単価高めだが、軽量化によるライフサイクルコスト削減効果あり

    結論と実用的選定ガイド - 以下の条件ならA36を推奨します: - プロジェクトで最も重要なのは低コストおよび加工の容易さ。 - 構造要求が控えめで36 ksiの降伏強さで十分な場合。 - 広い入手性、標準溶接手順での加工のしやすさ、既存の低強度部材との組み合わせが重視される場合。

    • A572(主にGrade 50)を選択すべき場合:
    • 断面サイズを小さくしたり、軽量化したり、規格要件で高い降伏強さが求められる場合。
    • 構造用途で靭性や疲労/衝撃性能の向上が必要な場合。
    • 単価がやや高くても、加工・輸送コストの削減や構造効率向上を目的とする場合。

    最後に実務上の注意点として、供給ロットに対してミル証明書およびASTM仕様全体(板厚依存の特性やチャーピー衝撃試験、追加条件を含む)を必ず確認してください。重要な溶接構造や低温環境では、溶接手順の認証を実施し、注文時に特定のA572グレードおよび熱処理・加工履歴の明示を求めて、設計に合った機械的性質および靭性特性を確保してください。

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