4Cr13 対 9Cr18 – 成分、熱処理、特性、および用途
共有
Table Of Content
Table Of Content
はじめに
4Cr13および9Cr18は、中国および国際的に広く使用されているマルテンサイト系ステンレス鋼の代表的な鋼種です。エンジニアや購買担当者は、これらの鋼種の選択に際してしばしば悩みます。すなわち、耐摩耗性や刃持ちの良さ(高炭素・高クロム鋼)と、コスト、靭性、加工のしやすさ(低炭素マルテンサイト鋼)とのバランスを考慮する必要があります。典型的な用途には、ナイフや工具部品、バルブやポンプ部品、産業機器の摩耗部品、および硬化表面を有しつつ制御された耐食性が求められる用途があります。
主な技術的差異は、9Cr18が硬さと耐摩耗性を最適化した高炭素・高クロム型のマルテンサイト系ステンレス鋼であるのに対し、4Cr13は耐摩耗性の一部を犠牲にしつつ靭性、溶接性、材料コストの低さを向上させた低炭素マルテンサイト鋼である点です。これらの特性は、設計や製造において表面摩耗、刃持ち、中程度の耐食性と成形性、接合性、衝撃要求のトレードオフが重要な場面での比較検討の基礎となります。
1. 規格と呼称
- 国際取引および技術文書で参照される一般的な規格および同等鋼種:
- GB/T(中国):4Cr13、9Cr18(中国鋼種呼称)
- JIS/AISI/SAE:4Cr13はAISI 420/420J2ファミリーに類似とみなされることが多く、9Cr18は機能的にAISI 440C/9Cr(高炭素マルテンサイト系ステンレス)と比較されますが、正確な組成は規格により異なります。
- EN/ASTM:直接対応するENやASTM規格名はなく、化学成分および機械的性質に基づく同等性で扱われることが一般的です。
- 分類:
- 4Cr13:マルテンサイト系ステンレス鋼(ステンレス工具・構造用マルテンサイト鋼)
- 9Cr18:高炭素マルテンサイト系ステンレス鋼(ステンレス工具・耐摩耗マルテンサイト鋼)
2. 化学成分および合金設計方針
以下の表は、仕様書や供給元データで示される代表的な公称成分範囲を示しています。数値は目安であり、規格や供給元により異なりますので、契約上の厳密な管理値は購入仕様で必ず確認してください。
| 元素 | 代表範囲 — 4Cr13(公称) | 代表範囲 — 9Cr18(公称) |
|---|---|---|
| C | 0.30〜0.45 wt% | 0.80〜1.05 wt% |
| Mn | ≤ 1.0〜1.2 wt% | ≤ 1.0 wt% |
| Si | ≤ 1.0 wt% | ≤ 1.0 wt% |
| P | ≤ 0.03〜0.04 wt% | ≤ 0.03〜0.04 wt% |
| S | ≤ 0.03 wt% | ≤ 0.03 wt% |
| Cr | 12〜14 wt% | 17〜19 wt% |
| Ni | 通常は微量 | 通常は微量 |
| Mo | 通常は微量または無 | 通常は微量または無 |
| V、Nb、Ti、B、N | 一般には意図的に合金添加されず、微量の残留がある場合あり | 一般には意図的に合金添加されず、微量の残留がある場合あり |
合金設計方針と特性:
- 炭素:硬化性とマルテンサイト形成の主要元素。9Cr18の高炭素は硬さ、耐摩耗性、炭化物量を増加させますが、靭性低下や溶接割れのリスクが高まるため、管理が必要です。
- クロム:耐食性と硬化性を付与。9Cr18の高クロムにより4Cr13に比べて一般的な耐食性が向上し、硬いクロム炭化物形成が促進されて耐摩耗性が高まります。
- マンガンとシリコン:脱酸剤およびオーステナイト安定化剤であり、多少のマンガン含有は硬化性をやや向上させます。
- 不純元素(P、S):靭性低下や割れを防ぐため低濃度に抑えられています。遊離硫黄を微増して加工性を向上させる場合もありますが、4Cr13/9Cr18の標準品は高硫黄系ではありません。
3. 微細組織および熱処理挙動
両鋼種とも適切なオーステナイト化および焼入れ後はマルテンサイト組織ですが、炭化物の分布とマトリックスの炭素含有量は大きく異なります。
- 4Cr13:
- 固溶化処理と焼入れ後、比較的低い保持炭化物量の主にマルテンサイト組織。炭素含有量が低いため炭化物は小さく分散しています。
- 焼戻しにより脆性が低減し、焼戻しマルテンサイトが生成。硬さは中程度で、靭性と強度のバランス調整が可能です。
- 正火処理は後加工や仕上げのために均質な組織を形成します。
- 9Cr18:
- オーステナイト化および焼入れ後は、高炭素かつ高クロムによりクロム炭化物(M23C6やその他のクロムリッチ炭化物)の量が多いマルテンサイト組織が典型的です。炭化物の連続体や大粒化が耐摩耗性を高める反面、靭性は低減します。
- 焼戻しにより内部応力を緩和し硬さを調整可能ですが、焼戻し過度は炭化物を軟化させ耐摩耗性を損ないます。
- 最適特性は、オーステナイト化温度と時間の厳密な管理で炭化物の溶解・分布を制御することが求められます。
加工および処理の影響:
- 正火処理や粒度細化は、両鋼種の最終熱処理前に有効です。
- 焼入れ媒体、部材断面厚、オーステナイト化温度が保持オーステナイト量と硬さに強く影響し、特に9Cr18は高硬化性のため重要です。
- 高炭素マルテンサイト系ステンレス鋼(9Cr18相当品など)では、保持オーステナイト低減と硬度安定化のためクリオジェニック処理が用いられることがあります。
4. 機械的性質
機械的性質は熱処理条件、焼戻し温度、製品形態に大きく依存します。以下の表は一般的な焼入れ焼戻し品の代表的範囲を示したものであり、発注時には正確な熱処理後の要求性質を指定してください。
| 特性 | 4Cr13 — 代表値(焼入れ焼戻し) | 9Cr18 — 代表値(焼入れ焼戻し) |
|---|---|---|
| 引張強さ (MPa) | 約600〜1200 MPa(状態依存) | 約800〜1600 MPa(状態依存) |
| 降伏強さ(0.2% オフセット、MPa) | 約400〜900 MPa | 約600〜1400 MPa |
| 伸び (%) | 約8〜20% | 約5〜15% |
| 衝撃靭性(J、ノッチ入り) | 中程度;同等硬さでは9Cr18より高い | 低め、特に高硬度時に顕著 |
| 硬さ (HRC) | 約40〜56 HRC(焼戻しによる) | 約55〜64 HRC(より高い硬さが可能) |
解釈:
- 強度・硬さ:9Cr18は高炭素および硬質クロム炭化物のため高硬度・高強度化が可能で、耐摩耗性の重要な部品に適します。
- 靭性・延性:4Cr13は低炭素・炭化物量のため、同硬さレベルで9Cr18より靭性と伸びに優れ、加工性も良好です。
- トレードオフは古典的であり、9Cr18は耐摩耗性・刃持ち重視、4Cr13は靭性・加工性重視の設計となります。
5. 溶接性
溶接性は、熱影響部(HAZ)での硬化性やマルテンサイト形成を促す炭素当量や合金成分により左右されます。代表的な計算式は以下の通りです。
$$CE_{IIW} = C + \frac{Mn}{6} + \frac{Cr+Mo+V}{5} + \frac{Ni+Cu}{15}$$
および
$$P_{cm} = C + \frac{Si}{30} + \frac{Mn+Cu}{20} + \frac{Cr+Mo+V}{10} + \frac{Ni}{40} + \frac{Nb}{50} + \frac{Ti}{30} + \frac{B}{1000}$$
定性的解釈:
- 9Cr18は高炭素・高クロムのため炭素当量や$P_{cm}$が高く、冷割れや硬く脆いHAZマルテンサイトが生じやすいため、予熱、通電間隔温度管理、溶接後熱処理による焼戻しが必要です。
- 4Cr13は炭素が低いため通常はCEが小さく溶接性は良好ですが、それでもマルテンサイト系ステンレス鋼であるため厚板溶接時には予熱や焼戻しが必要となる場合があります。両鋼種とも低水素電極の使用と熱入力管理が望ましいです。
6. 耐食性および表面保護
- 4Cr13および9Cr18はマルテンサイト系ステンレス鋼であり、耐食性は主にクロム含有量に依存します。304や316などのオーステナイト系ステンレスやデュプレックス系と比較すると、塩化物濃度が高い環境や強酸化条件下では耐食性は劣ります。
- 局部腐食耐性を比較する指標として、孔食耐性等価番号(PREN)がよく用いられます:
$$\text{PREN} = \text{Cr} + 3.3 \times \text{Mo} + 16 \times \text{N}$$
- これらの鋼種では、MoおよびNは通常ほとんど含まれていないか低濃度であるため、PRENは主にCrに依存します。9Cr18は9Cr18の方が9Cr18よりもクロム含有量が高いため、名目上は4Cr13より高いPRENを示し、中性からやや腐食性の低い環境での孔食抵抗がやや優れています。ただし、いずれの鋼種も表面保護なしでの過酷な海水環境や塩化物環境には設計されていません。
- 耐食性が不十分な場合は、一般的な表面保護処理を適用します:
- 加工後の受動皮膜を回復するための化成処理(硝酸またはクエン酸によるパッシベーション)。
- 摩擦や摩耗のある部分には電気めっきやPVDなどのコーティング、また適切であれば保護塗装を施します。
- ステンレス鋼母材に対しては、亜鉛めっきは一般的に耐食性向上のために適用されず、密着性も良くないため、表面仕上げやパッシベーション処理が推奨されます。
7. 製造性、加工性、成形性
- 加工性:
- 4Cr13は、焼なましまたは正火状態での硬さや炭化物量が9Cr18より低いため、一般に9Cr18より加工しやすいです。フリーマシニングタイプが存在する場合もありますが、標準の4Cr13はフリーマシニング合金ではありません。
- 9Cr18は炭素量が高く硬質炭化物を含むため、工具摩耗が増加し、超硬工具の使用、送り速度の低下、切りくず制御などが必要になる場合があります。
- 成形性:
- 両鋼種ともマルテンサイト系ステンレス鋼であり、硬化状態では冷間成形性が限定されます。最終的な焼入れおよび焼戻し前の焼なましまたは正火状態での成形が最も容易です。
- 表面仕上げ:
- 両者とも研磨やグラインディングによる仕上げが一般的ですが、9Cr18はより強力な研磨剤や工具寿命への配慮が必要な場合があります。
8. 代表的な用途
| 4Cr13 — 主な用途 | 9Cr18 — 主な用途 |
|---|---|
| 靭性と適度な耐食性が求められるナイフ刃(低コスト刃物、ユーティリティナイフ) | 高い刃持ちと耐摩耗性が求められるナイフ刃・カトラリー(高級刃持ち刃物) |
| 適度な耐食性と良好な靭性が必要なバルブ部品、ポンプ軸、ハードウェア | 高硬さと耐摩耗性が求められる軸受部品や摩耗部品 |
| 一般用途の焼入れ部品(カップリング、小型構造部品) | 医療用・外科用器具(一部高硬度が必要で表面パッシベーション処理されたものに限定) |
| 後加工仕上げや溶接を要する装飾部品およびエンジニアリング部品 | 冷間加工用金型および高耐摩耗性が要求される小型金型部品 |
選定のポイント: - 靭性と適度な耐食性、コストを抑えたい部品や溶接・成形加工が多い部品には4Cr13を選択してください。 - 硬さ、耐摩耗性、刃持ちを優先し、加工コストや熱処理・溶接管理が厳しくとも問題ない場合は9Cr18を選択してください。
9. コストと入手性
- コスト:
- 9Cr18は高硬度を出すためにクロム・炭素含有量が高く、熱処理も厳格なため、一般的に1kgあたりの価格は4Cr13より高価です。
- 加工コスト(焼入れ、研磨、工具摩耗)も9Cr18の方が高くなります。
- 入手性:
- 両鋼種とも丸棒、鋼板、帯鋼、プレート、鍛造品など一般的な形状で広く流通していますが、9Cr18の特定サイズや表面仕上げ、厳しい公差の熱処理済み棒鋼は専門の供給業者が中心となります。
- 大量調達の場合、4Cr13のバリエーションは複数の製鉄所から調達しやすいのに対し、9Cr18は特定のステンレス工具鋼メーカーと連携して調達する必要がある場合があります。
10. まとめと推奨
まとめ表(定性的):
| 特性 | 4Cr13 | 9Cr18 |
|---|---|---|
| 溶接性 | 良好〜中程度;9Cr18よりリスク低 | 中程度〜悪い;予熱・PWHTがより必要 |
| 強度–靭性バランス | 中程度の強度;靭性・延性に優れる | 高強度・高硬度;靭性が低い |
| コスト | 材料および加工コストが低い | 材料・加工コストが高い |
推奨: - 次の場合は4Cr13を選択してください: - 靭性を向上させた耐食性のあるマルテンサイト系ステンレス鋼が必要で、総コストを抑えたい場合。 - 溶接、成形、後加工が多いまたは重要な場合。 - 中程度の衝撃荷重があり、脆性破壊が許容できない用途。
- 次の場合は9Cr18を選択してください:
- 高硬さ、耐摩耗性、刃持ちが設計上の最優先事項である場合。
- 熱処理、加工、溶接工程の管理が可能(あるいは溶接を避ける設計)である場合。
- 耐衝撃靭性の低下や加工コスト増を許容し、長寿命や優れた切断性能を得たい場合。
最終的な注意点: 両者ともマルテンサイト系ステンレス鋼であり、実使用性能は厳密な化学成分、断面厚さ、管理された熱処理に大きく依存します。調達および設計仕様では、必要な硬度・靭性目標、溶接後熱処理条件、耐食性能を明確に定義し、供給業者が用途に適した調質材料を提供できるようにしてください。